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光量子工学研究センター(RAP)画像情報処理研究チーム

光量子工学研究センター(RAP)画像情報処理研究チーム

マウス脳全体における網羅的な遺伝子発現データベース「ViBrism」
~画像処理技術により見えない生命現象を可視化する~

近年、顕微鏡やCTなど画像を取得するための技術が急速に発達したことによって、得られる画像情報は多様かつ膨大です。横田 秀夫チームリーダーは、画像情報から生命現象の原理を見つけやすくするためのさまざまな画像処理技術を開発し、得られたデータを公開しています。遺伝子発現を3次元の脳構造にマップする「ViBrism」を中心に、どのようなデータベースを構築しているのか、お話を伺いました。

横田チームリーダーの写真

横田 秀夫(ヨコタ・ヒデオ)
光量子工学研究センター
画像情報処理研究チーム チームリーダー

 

多次元化する画像から必要な情報を抽出する

生命科学研究で得られる画像データは、2次元の平面画像から、3次元のボクセル(小さな立体の集合体)画像、さらにはそれに時間変化や波長が加わり、4次元、5次元と情報が多次元化しています。それにともないデータ量も膨大になり、もはや人の目では理解できなくなっています。

 

そこで、私たちは、画像を高精細化して調べたい対象物を見やすくしたり、ノイズを除去して特徴を浮き上がらせたりするなど、生命現象の原理を見いだしやすくするための画像情報処理技術基盤を開発しています。その他、多次元の顕微鏡画像とその撮影条件などの情報を一元管理し、画像を管理・解析・共有するクラウドシステム「4D Cell Communication Platform」を構築しており、理研内からいつでもアクセスして画像処理することができます。基礎研究だけでなく、医療への応用として、国立がん研究センターとの共同で、機械学習を取り入れた早期胃がんの高精度な自動検出法の開発なども行っています。

 

また、ただ画像を観察するだけではなく、測定データをもとに形のモデルをつくり、バーチャルの空間でさまざまなシミュレーションを行う研究もしています。細胞がどのような原理によってその形になり、機能を果たしているのか、さらには細胞の中で起きる代謝の反応などもシミュレーションを行うことによって分かってきます。

 

全ての遺伝子発現を脳構造にマップする「ViBrism」

われわれが構築・公開しているデータベースのひとつである「ViBrism」は、マウスの脳全体における遺伝子発現の分布をマップしたデータベースです。脳は非常に複雑な構造をしており、脳の構造と機能は深く関係しています。脳の構造や機能は遺伝子の発現によって制御されており、脳のどこでどの遺伝子が発現しているかを明らかにすることで、思考などの脳機能のメカニズムの解明や、精神・神経疾患の原因となる脳領域や遺伝子の特定につながることが期待できます。

 

私たちは実践女子大学の於保祐子教授(当時、理研生命情報基盤構築チーム客員研究員)と共同で、網羅的に測定した遺伝子発現情報を3次元空間に再構成する「トランスクリプトームトモグラフィー」という手法を開発し、マウスの脳全体における遺伝子発現の分布を調べました。トランスクリプトームトモグラフィーは、独自に開発した3次元内部構造顕微鏡と、マイクロアレイなどによる遺伝子発現の網羅解析を組み合わせたものです(図)。

 

3次元内部構造顕微鏡は、カミソリのような鋭い刃で検体を10ミクロンほどにごく薄くスライスして、そのときの切断面の画像を取得するということを自動で繰り返す仕組みになっています。得られた画像情報を再構成することで、コンピュータ上で脳の外形と内部の構造が3次元で可視化され、どの方向からのどの断面でも観察できるようになります。

 

3次元空間での遺伝子発現パターンを明らかにするために、3つの検体を用意し、縦・横・高さの3方向でスライスします。このとき、切り出された切片を集めて分画とし、各分画についてマイクロアレイにより約36,000種類の遺伝子の発現量を測定します。この結果をコンピュータ上で3次元に再構成することで、脳のどの場所でどの遺伝子がどれだけ発現しているかを可視化できるのです。この技術を用いて、マウスの脳全体において遺伝子発現の分布地図を作成し、「ViBrism」で公開しました。ViBrismの3次元情報は、MRIなどの他の生物学的情報と同一の3次元空間で解析することもできます。

 

図1 トランスクリプトームトモグラフィーの原理(上)と実画像(下)

トランスクリプトームトモグラフィーの原理(上)と実画像(下)
(上)3つの検体を直行3方向でスライスし、分画ごとの遺伝子発現密度をマイクロアレイなどで網羅的に測定する。測定したデータをもとに計算により、分画の遺伝子密度から3次元空間における位置を推定し、遺伝子発現地図を再構成する。
(下)実際にマウスの脳で、遺伝子Slitrk6を測定した例。

 

従来の典型的な遺伝子発現地図の作成法では、遺伝子一つ一つに対して脳における発現パターンを調べるため、検体数は遺伝子の数だけ必要になります。一方で、トランスクリプトームトモグラフィーは最低3つの検体があれば、3次元空間に網羅的な遺伝子発現情報を描き出すことができます。また、測定に要した時間は1か月足らずで、費用は500万円程度と、従来法と比べて格段に効率よく低コストであることも利点です。今後の展開としては、ヒトの脳の謎に迫るために、よりヒトに近いマーモセットの脳を使って、3次元空間における遺伝子発現の網羅解析をしたいと切望しています。

(取材・構成:秦千里/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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