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脳神経科学研究センター(CBS)脳発達分子メカニズム研究チーム

脳神経科学研究センター(CBS)脳発達分子メカニズム研究チーム

ヒトの脳の理解、そして精神・神経疾患のメカニズム解明に向けたマーモセット脳の遺伝子発現データベース

近年、霊長類の新たなモデルとして「マーモセット」が注目されています。下郡智美チームリーダーは、マーモセットの脳における遺伝子発現のデータベース「Marmoset Gene Atlas」を構築・運用しています。ヒトの脳データと直接比較できるように、三次元で遺伝子発現パターンを可視化できるツールも備えており、ヒトの脳の理解や、神経・精神疾患のメカニズム解明につながると期待されます。

下郡チームリーダーの写真

下郡 智美(シモゴオリ・トモミ)
脳神経科学研究センター
脳発達分子メカニズム研究チーム チームリーダー
神経情報基盤開発ユニット ユニットリーダー

ヒトの脳に近く、研究に使いやすい「コモンマーモセット」

ヒトの脳の仕組みや神経・精神疾患の原因を分子レベルで明らかにするには、脳における遺伝子発現を調べる必要があります。しかし、倫理的・技術的な問題で、生きたヒトの脳を侵襲的な方法で調べることはできません。マウスを使った研究の知見は蓄積されていますが、ヒトとマウスでは脳の構造や機能がかなり異なり、マウスの研究結果から分かることには限界があります。

 

そこで、近年注目されているのが、「コモンマーモセット」という小型のサルです。マーモセットはヒトに近い脳構造をしており、家族で生活するなどヒトと似た社会性もあります。また、繁殖効率が良く、遺伝子改変ができるなど、研究に使いやすいことから、新たなモデル動物として利用され始めています。

 

遺伝子名から検索、三次元表示でも

日本は、世界で初めて遺伝子改変マーモセットの作製に成功しており、その強みを生かして、マーモセットの脳の構造と機能を網羅的に解析する「革新脳プロジェクト」という国家プロジェクトが2014年から進められています。このプロジェクトにおいて、私たちはマーモセットの脳におけるさまざまな遺伝子発現を明らかにし、マーモセットの遺伝子発現データベース「Marmoset Gene Atlas」にて公開しています(図1)。

マーモセット遺伝子発現アトラスのWEBサイトの画像

図1 マーモセット遺伝子発現アトラスのWEBサイト
https://gene-atlas.brainminds.jp/

 

2023年3月現在、データベースには約3000の遺伝子サンプルが登録されています。年間約2万のアクセスがあり、論文への引用も増えています。

 

データベースでは、遺伝子名から脳のどこで発現しているかを調べられるだけでなく、脳領域からも発現している遺伝子を検索することができます。また、精神・神経疾患に関わる遺伝子が脳のどこに発現しているのかを調べることもでき、脳神経科学の基礎研究から臨床研究まで広範な研究者が利用できる仕組みになっています。

 

私たちは脳を薄くスライスした切片を用いて解析しているため、得られる遺伝子発現データは二次元です。このデータをヒトのMRI(核磁気共鳴画像)画像などと比較できるようにするには、データを三次元に構築する必要があります。そこで、画像処理を専門にしている研究者と一緒に、三次元で立体的にマーモセット脳の遺伝子発現を可視化する「大脳皮質遺伝子発現プロジェクションマッピング」というツールを開発しました。このツールでは、脳のさまざまな角度から複数の遺伝子の発現パターンを同時に見ることができるため、ヒト脳のデータと比較することで、精神・神経疾患の原因となる脳領域の特定などにつながる可能性があります。

 

データベースの統合やAIの活用による今後の展開

今後、他のさまざまなデータベースと統合することで、さらなる展開が期待できます。例えば、遺伝子名を入力すれば、マウスなど他の実験動物における発現バターンが検索できたり、その遺伝子が関連する疾患の情報や、発現している脳領域のヒトのMRI画像が表示されたりするなど、多次元でのデータを横断的に検索できるようなシステムに発展させることも考えられます。

 

さらには、オンラインショッピングでおすすめの商品が表示されるように、関連情報が示されるような機能の導入も考えられます。ある臓器の疾患を専門にしている研究者が、その疾患に関連する遺伝子を他のデータベースで見ているときに、「その遺伝子は脳ではここの領域で発現していて、この脳領域にはこういう機能があります」と知らせてくれれば、その研究者は「もしかしてこの病気は脳のこの機能に関連しているのかもしれない」と自分がそれまで思ってもみなかったサジェスチョンが得られ、研究の幅が広がります。データベースの統合は、専門分野の垣根を越えて研究を加速させるゲームチェンジャーとなる可能性を秘めています。OLSPでも、理研内のデータベースを統合しようと検討を始めているところです。

 

データベースの維持・発展には、人材・予算の支援が不可欠

一方で、データベースを維持し、さらなる発展を目指すには、AIや画像処理などの研究者との連携のほか、予算や人材育成などのサポートが不可欠です。マーモセット遺伝子発現アトラスは開設して間もなく10年がたち、世界中の研究者に利用されるデータベースに育っています。データベースを維持・発展させるためのバックアップを得て、今後さらに利用価値を高め、サイエンスの発展に貢献していけたらと思います。

 

(取材・構成:秦千里/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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